トピックス（127）

米国における農薬散布の安全性確保−立ち入り 制限期間（ＲＥＩ）

前回、この欄で群馬県での有機リン系殺虫剤の無人ヘリ散布自粛問題を取り上げた。ここでは、人が濃厚な散布液 を吸い込んだり、あるいは飛まつを浴びるなどして中毒になった、あるいは中毒を起す恐れがあるということが問題になっている。この他 にも、住宅地の近くでクロルピクリンなどの揮発性の農薬を散布すること、あるいは松枯れ防除のための殺虫剤散布によるドリフト被害が 問題となることが多い。しかし、農薬の散布液を調製したり、それを散布したりする際に農薬に最も接する機会のある人は農家など実際に 散布に携わる人達である。米国では、農薬を散布する人、あるいは散布場所で仕事をする人たちを保護するために、農薬散布時からその 場所に立ち入ることが出来るまでの期間が法律で農薬毎に決められている。今回はこの制度について紹介する。

このような立ち入り制限期間は、Restricted Entry Interval（略してＲＥＩ）と呼ばれている。これは畑や水田など に限らず、森や公園など農薬を散布する全ての場所に適用される。

基本的なＲＥＩについては、各農薬の急性毒性を基準にして米国環境保護庁（ＥＰＡ）が、「農薬に対する作業者 保護基準、Worker Protection Standard for Agricultural Pesticides、略してＷＰＳ」という法律で定めている。この法律は、農業 生産者を含めて、農薬を取り扱う人や散布地域に立ち入る機会のある全ての人々に適用される。この規定を遵守することによって、中毒 などのリスクの約８０パーセントを回避できるという。

ＲＥＩは、全ての農薬についてその有効成分の急性経口毒性、吸入毒性、経皮毒性、眼刺激性、皮膚刺激性に基づいて、 ゼロ時間、4, 12, 48, 76,120時間などとなっている。ＲＥＩは製品ごとにラベルに表示しなければならない。ＲＥＩは基本的にＥＰＡが 定めているが、州の事情により若干の変更が認められているようである。例えば、ニュージャージー州ではＥＰＡが12又は24時間のＲＥＩ を指定したものに対して48時間を指定している。

ＲＥＩについて重要なこととして、農薬散布の通知義務がある。散布が行われる区域内に立ち入る機会のある全ての 人々に散布日時及び立ち入り制限期間を通知しなければならない。通知は口頭で伝えるか、散布地域の入口に提示するなどの方法で行う。

ＲＥＩの定めに従い、散布地域への期間内立ち入りが認められない。例外的に、手作業以外の仕事を１時間以内で 行う場合、緊急時、ＥＰＡによって定められている特殊な作業の３つに限ってＲＥＩ内での立ち入りが認められている。ＲＥＩの期間内 に立ち入ることができる作業者は、保護服やマスクを着用し、緊急治療（first aid)などについて指導を受けなければならない。

ＲＥＩは農薬の有効成分により異なるが、人の神経系に作用する恐れがあるものや年間の降雨量が24時間以下の地域 で散布される農薬については、厳しい（長い）ＲＥＩが定められている。一方、除草剤のグリホセートや殺虫剤のＢＴなど低毒性の農薬は、 ４時間という短い数値が設定されている。混合剤を散布する場合には、ＲＥＩが一番長い成分のものが適用される。

米国では農薬を散布する場合に、ドリフトを考慮して散布地域の境界線よりも外側の地域をドリフト制限区域として いる。このような緩衝ゾーンは、州や農薬の種類により異なるが、ニュージャージー州では家から30メートル、マサチューセッツ州では 貯水池から15メートル、家から30メートルなどとなっている。このようなドリフト制限ゾーンにもＲＥＩが適用されるのかどうかについて は資料が見当たらないが、常識的には適用されると考えてよいであろう。

日本でＲＥＩが定められていない理由として、狭い地域に水田や畑と住宅とが混在しているので、ＲＥＩを定めたら 散布ができなくなる農薬が増えるという意見がある。しかし、畑と住宅とが近接しているからこそＲＥＩ的なルールを定める必要があるの ではなかろうか。ここで紹介した米国の制度は経口、経皮、吸入毒性、刺激性などに基づいて個々の農薬に立ち入り禁止期間を定めている。 同じ有機リン殺虫剤でも、ＲＥＩが12時間のものがある一方、使用が厳しく制限されているものもある。このようなルールが確立していれ ば、全ての有機リン殺虫剤をサリンと同列視するような誤った議論は起きないであろう。

日本でも使われている主な有効成分について、ニュージャージー州でのＲＥＩは以下の通りである。尚、日本でも 使用されている有機リン系殺虫剤は別掲したが、マラソンのＲＥＩは12時間、アセフェートは24時間となっている。又、クロルピリホス、 ダイアジノン、ダイシストン、ジメトエートに関しては、適用が大幅に制限されている。

★ＲＥＩが４時間又はそれ以下の農薬

  • 殺菌剤
    シュードモナス・フルオレッセンス、アゾキシストロビン、フェンヘキサミド
  • 除草剤
    メトスルフロンメチル、ニコスルフロン、リムスルフロン
  • 殺虫剤
    ＢＴ剤、メトキシフェノジド、テブフェノジド、スピノサド
  • 植調剤
    ジベレリン

    • ★ＲＥＩが48時間又はそれ以上の農薬

  • 殺菌剤、殺センチュウ剤
    キャプタン、クロルピクリン、ジクロロプロペン、ジフェノコナゾール、フルアジナム、臭化メチル
  • 除草剤
    クロロＩＰＣ、エンドタール、パラコート
  • 殺虫剤
    エマメクチン、メソミル、オキサミル
  • 植調剤
    エテホン、１−ナフタレン酢酸（申請中）

    • ★有機リン系殺虫剤、殺ダニ剤のＲＥＩ
    アセフェート（24時間）、マラソン（12時間）、クロルピリホス（Ｒ、12、24時間）、ダイアジノン （Ｒ、12、24時間）、ダイシストン（Ｒ、48時間）、ジメトエート （Ｒ、48時間）　Ｒは、適用が限定されていることを示す。

    2007年6月5日

    主な参考資料

  • http://pubs.cas.psu.edu/FreePubs/pdfs/uo222.pdf
  • http://www.cdc.gov/nasd/docs/d001701-d001800/d001737/d001737.html

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